言霊百神│黄泉国㉕

「一二三四五六七八九十」の道は演繹の道であって、これは宇宙全体を一者と把握した先天の始原から出発して来る道で、これを高御産巣日の道と云う。これに対して「十九八七六五四三二一」の順序の道が万有から逆に一者に至る帰納の道で、すなわちこれを神産巣日の道と云う。後者は換言すれば科学の研究方法であり、また本元の一者である神(宇宙)に合一するための宗教上の初歩的の修証の道でもある。生命の光の原理が直接自覚されていない渾沌と暗黒の世界である夜見国から、元の生命の世界に逃げ還える道は、その夜見国の内容を帰納的に判断識別して、最後の本源の一に帰って行くことより他はない。斯くして伊邪那岐命は逃げて逃げて、漸くにして元の一は但し無内容な全一(仏教の空)としての一ではなく、機能と構造を完備した宇宙、世界、人性の奥底の中枢としての組織体高天原である。