言霊百神│禊祓(一)⑪

絶えず新たなものを生み出し、喰(は)み出させて分離して行こうとする妻神の世界の内容を絶えず生命の自覚内容として摂取抱擁して行くことが夫神の神業である。たとえ一見この世界の阿弥陀如来の摂取不捨の浄土が完成してもくえなる女人(須佐之男命、変性女子)はその成就の刹那から未摂取の新しい文化内容を生んで行く。するとその新らしい黄泉国の内容の新たな摂取総合が行われる。斯くの如きが天壌無窮、万世一系である皇運すなわち人類文明の発展の様相であるのである。何故これを天壌無窮、万世一系と称するかと云うと、萌して成長した新たな文化を摂取する主体側の道が無限に古く、しかも永遠に新らしい恒久不変の法、一切種智の道であるからである。この恒久不変の摂取の道が存在しなければ皇運は天壌無窮、万世一系で有り得ない。同時に人類文明に救われはあり得ないのである。