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言霊百神│絶妻の誓⑪

神道を客観的なものと思い錯って直接科学を以て説明しようとすることは神道の本質を体験せぬ者、自己の精神の意義を弁まえぬ者の空論であって、本来神道は最も主観的なものであるが故に最も非科学的なものであり、科学とは全然別個のもの…

言霊百神│絶妻の誓⑩

「(主の言葉、天使の長達に向って)さてお前達本当の神の子等は、生き生きした豊かな美しさを見て楽しむがよい、永遠に製作し活動する生々の力が、愛の優しいしがらみをお前達の周囲に結うようにしよう。お前達は揺らぐ現象として漂って…

言霊百神│絶妻の誓⑨

心すなわち霊(魂・魄・意・志・神)(エ・ウ・イ・オ・ア)すなわち精神とは千引石である三十二子音、四十八言霊を内容とする麻邇であって、それ以外及びそれ以上の何ものでもなく、またそれ以内それ以下では心の全局とするに足りない。…

言霊百神│絶妻の誓⑧

然しこの時、伊邪那岐命は妻神をもう一度求めて客体世界の黄泉国に赴いたが、その渾沌に追われて逃げ帰って来た。すなわち主体が主体自身の世界へ逃げ帰って来たわけであるが、ここで愈々霊と体、物と心、主と客である岐美二神が正式に離…

言霊百神│絶妻の誓⑦

事戸は言戸であって、言葉を以て構成された扉を両世界の間に引き渡し、引き塞ぐと云うことである。その言葉の扉とは千引石そのものに他ならない、千引石と云う時は麻邇字を意味して神代表音文字のことであり、言戸と云う時は麻邇(言霊)…

言霊百神│絶妻の誓⑥

その生命の実相認識としての自覚内容の精錬された要素が三十二子音であり、空相、実相(先天、後天)を併せたすべての要素が四十八音である。仏説ではこの四十八を一切種智と云い、これを宗教的に象徴したところのものが阿弥陀如来の四十…

言霊百神│絶妻の誓⑤

すなは(爾)ち千引石を(、)そ(其)の黄泉比良坂に引き塞へて そ(其)の石を中に置きて、各対き立たして、事戸を度(わた)す時に 千引石(せんびきいは)の千は道(血)であり、石は五十葉(いは)すなわち言霊であり、特にその中…

言霊百神│絶妻の誓④

斯くの如き故にこの高天原神界に対する黄泉国からの最初の攻撃であった伊邪那美命との葛藤に対して伊邪那岐命が取った初めての態度方法は、そのままその後幾回も行われた同様の攻撃に対する基本的な処置法である。従って彼の時の処置法が…

言霊百神│絶妻の誓③

高天原とは天壌無窮、万世一系、永劫不変に完成された生命の知性、精神の主体としての宇宙の中枢の自覚体である。これに対する予母津国は高天原以外の地上世界を舞台として生命の客体に関する学問の発展と完成を目指して悠久の努力を続け…

言霊百神│絶妻の誓②

この五千年以上にわたる長い歴史的経過の間に、此の伊邪那美命の追撃は幾回か時を変え形を変えて繰返えして行われた。第一回目はこの伊邪那美命自身の時代に於ける事態であり、第二回目は須佐之男命の「参ひ上り」であり、第三回目は大国…