西野皓三│「頭脳知」では② 「頭脳知」だけでは生きていけない② 生命は屋久12億年前に、原生生物から動物、植物に分かれました。 植物はその細胞の中に、日光のエネルギーを獲得できる光合成細菌を葉緑体として同居(寄生)させることができたので、エネルギー…続きを読む
西野皓三│「頭脳知」では① 「頭脳知」だけでは生きていけない① 阪神淡路大震災が起きた時、手足がすくんで身体が思うように動かず、揺れが収まるまでただガタガタ震えていたという体験談を聞きました。いざという時に自然に勝手に身を守る行動がとれないというこ…続きを読む
西野皓三│“動き”の中に “動き”の中にこそ、本物の知恵がある 生物は進化の過程で、さまざまな形で環境に適応して発展してきました。その精妙な進化は、頭脳(大脳新皮質)が真理を求めた結果、生まれたわけではありません。生物は勝手に生きながら進化してき…続きを読む
西野皓三│バレエ芸術② 細胞が喜んでいる動きこそ、バレエ芸術② 1954年(昭和29年)、チューダー氏は振り付けの仕事で来日し、再会することができました。私とチューダー氏は、毎日新聞紙上で「バレエと能」について対談しました。対談後も話題は尽きる…続きを読む
西野皓三│バレエ芸術① 細胞が喜んでいる動きこそ、バレエ芸術① 今日でこそ、アメリカ留学などは簡単なことですが、敗戦から間もない1951年(昭和26年)当時、アメリカに行くこと自体、日本人には至難のわざでした。実際、アメリカ行きの飛行機は米軍が…続きを読む
西野皓三│バレエ団の創立② 宝塚、そしてバレエ団創立② こうした紆余曲折はあったものの、宝塚でバレエを教え、コリオグラファー(振り付け師)として活躍していた私は、まさに順風満帆のバラ色の世界にいるかのようでした。しかし、私はある時、はっと気がつきま…続きを読む
西野皓三│バレエ団の創立① 宝塚、そしてバレエ団創立 宝塚歌劇団に入ると、そこはスターに憧れる、若い女性ばかりの「花の花園」でした。 そんな中に、男3人が混じり、バレエや音楽のレッスンを行うのです。宝塚歌劇団は阪急東宝の経営する壮大な宝塚遊園地の敷…続きを読む
西野皓三│医大生からバレエ② 医大生からバレエ研究生に② 私はディアギレフの本に出合わなかったら、私は音楽をやっていたかもしれません。 奥田君は医学部の教授でありながら、コントラバスの名手になりましたが、私はディアギレフに強烈な影響を受けて、何として…続きを読む
西野皓三│医大生からバレエ① 医大生からバレエ研究生に① ディアギレフは、20世紀の初頭、“ヨーロッパ舞台芸術のルネサンス”をもたらしたと言われる、ロシアの天才的インプリサリオ(プロヂューサー・監督・興行主)です。 ディアギレフの業績は、バレエ界にお…続きを読む
西野皓三│運命を変えた… 私の運命を変えた一冊の本 そうこうしているうちに、終戦を迎えました。 戦争が終わってみると、日本の世の中はガラリと変わってしまいました。その姿を見て、私はつくづく感じざるをえませんでした。 人間の身体の仕組みは、何があっ…続きを読む